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最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)120号 判決

主文

本件上告を棄却する

理由

被告人辯護人長砂鹿藏同下田三子夫提出の上告趣意書第一點は『原審判決の理由に於て説示せられたる事実の認定に依れは(一)被告人は金融機關鳥取農業會八頭郡支部の金融課長に就任し同支部の金融に關する業務を擔當せること(二)其金融業務に關し法定の除外事由なきに不拘鳥取縣八頭郡町村農業會自給製鹽組合に對し製鹽事業の設備費として同組合に交付せられたる封鎖支拂による国庫補助金參拾七萬圓を同支部に預け入れた上現金にて支拂方同組合事務擔當者より懇請せられ之を承諾せること(三)依って岡山地方專賣局長発行に係る該補助金の支拂通知書を鳥取縣郡家郵便局に呈示せしめて同郵便局から現金參拾七萬圓を受領せしめたこと(四)前記金額の内參拾貮萬貮千圓を同支部扱の同郡大村農業會の當座預金口座に現金扱として振込み更に之を同支部に於て前記八頭郡町村農業會自給製鹽組合の當座預金勘定に振込ましめたこと(五)以上の行爲は封鎖支拂に基いて生した金融機關の預金を金融緊急措置令第三條第二項の規定に依らすして現金以外の封鎖支拂に非さる支拂を爲したものてある以上の如き事実認定の下被告人の所爲は金融緊急措置令第一條第一項第二條第十一條に該當するものと斷し法律を適用せるものてある前示法律の適用に於て指摘せられたる同令第一條第一項に依れは封鎖預金は同令第三條第二項の規定に依るの外其支拂を禁止すると共に同第二項に於ては其支拂の方法を(1)現金に依る支拂(2)現金以外の封鎖支拂に非さる支拂(3)封鎖支拂の三者に限定し其分類及限度等は命令に委任せられたところ同第一項に「第一條の規定は左に掲くる者か金融機關に對し有する預金其他の債權に付ては之を適用せす」と定め金融機關を同令第一條の適用より除外せるか故に結局は封鎖預金を金融機關か金融機關に非さる第三者に支拂する場合に於てのみ同令第三條第二項に定められたる金融緊急措置令施行規則の制限を受くるものにして其両者か金融機關たる場合には同令の適用なきこと明かてあるから原審判決の認定事実を要約すれは金融機關てある鳥取縣農業會八頭郡支部の金融課長の業務を擔當する被告人か其業務に關し金融機關に非さる八頭郡町村農業會自給製鹽組合に交付せられた封鎖支拂に依る国庫補助金を現金にて支拂を受けたる上之を現金扱として大村農業會續いて同支部に振込ましめたる前示所爲か前示條項に該當するものとして同令を適用し處斷せるものなることに歸着する從って原審は八頭郡町村農業會自給製鹽組合なるものを非金融機關と認定せるか故にして若し同組合なるものを金融機關と認定せらるるに於ては前記法令の適用より除外せらるるを以て被告人か金融課長たるの業務上取扱ひたる前示所爲か同條項に該當し抵觸する餘地なきことは明かにして同令所定の罪を構成せさるものてある果して然らは八頭郡町村農業會自給製鹽組合なるものは金融機關てある町村農業會と別個獨立に金融機關に非さるや右製鹽組合なるものの組織と内容を詳かにし其法律上の性格を究明する必要かある八頭郡町村農業會自給製鹽組合なるものは八頭郡下貮拾參町村の農業團體か鹽の自給自足を計る爲各所屬組合員の要望に依り農業團體法第一一條第四號「會員に必要なる農業用物資の購買又は加工若くは生産に關する施設」及町村農業會規則第二條目的事業八、「農業用設備其他會員に必要なる設備利用に關する施設」の法規に基き各組合員より薪壹把の供出に對し鹽四合を還元配給する豫定の下に八頭郡貮拾參の各町村農業會か別個に製鹽設備を自營するに代へ共同に設備を供へ共同に利用する爲め設けられたる共同利用施設にして之を自給製鹽組合と稱せるは八頭郡町村農業會の共同製鹽事業たることを表明する爲め町村農業會貮拾參團體の名稱を一々羅列する繁雜を避け單に便宜上貮拾參團體の名稱に代へ製鹽組合なる單一名を假用せるに過きすして飽くまて町村農業會貮拾參團體か其主體てあり全然組合の実質を有するものてない假に製鹽事業を共同の目的とすることに依り組合の実質を有するものとするも其類型を求むれは民法上の組合にして全く任意組合てあり法定組合の如く法人格を有するものと異なる從て民法上の組合は組合を組成せる各組合員か組合事業の主體にして組合員を離れて之れと別個に抽象的單一人格を構成せさると同様製鹽組合は之を組成する町村農業會貮拾參團體か製鹽事業の各主體にして共同なることに依り組合の本質に變更を來し主體の地位に變動を生するものてない以上自給製鹽事業は八頭郡町村農業會貮拾參團體の共同利用施設にして製鹽組合の事業主體は各貮拾參團體の各農業會てあり別な團體に非さることは既に述へたところてある從て製鹽事業の設備費として交付せられたる封鎖支拂に依る国庫補助金は製鹽組合の名に依り交付せられたりと雖も製鹽事業の事業全體に交付せられたものてあるから其交付を受くる主體は八頭郡町村農業會貮拾參箇の各農業團體にして町村農業會は何れも金融機關なるを以て金融機關てある鳥取縣農業會八頭郡支部の金融課長を擔當する被告人か其業務上八頭郡町村農業會貮拾參農業團體を事業主體とする製鹽組合事務擔當者の懇請を受け支拂人てある金融機關郡家郵便局より封鎖支拂に因る支拂通知書を以て現金の支拂を受け之を同支部に受入れ更に之を大村農業會又同支部の各當座預金口座或は勘定に転々振込ましめたりとするも本來金融機關の金融業務として取扱ひたるに過きされは国庫補助金の交付を受ける事業主體か金融機關てある町村農業會たる以上金融緊急措置令第三條第一項に依り同令第一條の適用を除外せられ其適用を受けさるか故に被告人の前示所爲は何れも同令違反に依る同令第二條所定の犯罪を構成せさるものにして無罪なるに不拘同令所定の犯罪に問擬し處斷せるは原審裁判所か法律を不當に適用する違法あるものなれは原審判決を破毀し無罪を言渡さるへきものてある』と言うに在る。然しながら府縣農業會など地方農業會の金融業務擔當者が封鎖支拂の方法によつて国庫補助金を交付せられた事業主から封鎖支拂に非ざる方法によってその支拂を受けたき旨の依頼を受けて承諾し、之を封鎖支拂に基いて生じた農業會の預金として受入れた上、金融緊急措置令第三條第二項の規定によらずして之を現金以外の封鎖支拂に非ざる方法による支拂をなしたものと認むべき場合には、同令第一條の違反罪を構成するものと解するのが相當である。今本件について之をみると、原審が認定した事実は判文上稍々正確を缺く憾みがあるけれども、原判決に擧示せられてゐる證據を綜合しつゝ之を按じてみると、原審の確定した事実は要するに、被告人は金融機關である鳥取縣農業會八頭郡支部の金融課長として、その業務に關し、法定の除外事由がないのに、鳥取縣八頭郡町村農業會自給製鹽組合に對し製鹽事業の設備費として同組合に交付せられた封鎖支拂による国庫補助金三十七萬圓に付て、同組合事務擔當者からこれを同支部に預け入れた上、現金にて支拂われたいとの懇請を受けたので之を承諾の上、偶々岡山地方專賣局長発行にかゝる該封鎖支拂通知書が誤って八頭郡農業會宛になされてゐたのを利用して、之を指定局たる鳥取縣郡家郵便局に呈示して同郵便局から金融機關宛拂による現金三十七萬圓の交付を受け、該金員の内別途組合に立替假拂をしてあった金三萬八千圓を控除した殘額金三十三萬二千圓に付て、之を同支部扱いの同郡大村農業會の當座預金に現金預金として振込み、更に之を同支部に於て前記自給製鹽組合の當座預金に振替えて、以て封鎖支拂に基いて生じた金融機關である鳥取縣農業會の封鎖預金を自給製鹽組合の爲、法定の方法に依らないで現金支拂以外の封鎖支拂に非ざる支拂を爲したものであると云うに在って、毫も該預金が所論のように八頭郡内二十三箇町村の町村農業會自からの直營にかゝる製鹽事業の助成金として発生したものであることを認定したものではない。又判示組合が民法上の任意組合に屬し、從て各町村農業會を離れて別個獨立の法人格を有しないことも所論の通であるけれども、原審は本件の預金が町村農業會を離れた別個獨立の事業主體である判示製鹽組合のものであることを確定した上、被告人に判示罪責を負わせたものであることが明かであって、預金封鎖の如く資金流通上の統制を所期する法令に在っては、苟も社會經濟上獨立の事業主體たる地位を有しその地位に於て預金關係を有するものの如きにあっては、たとへ法人格を有せざるも之を同法令の統制の對象として扱う趣旨と解するのを相當とするから、原審が所論法條の適用上組合の預金をその構成員たる各町村農業會のそれと離れて別個獨立に成立し得るものと判示して、之に所論のごとき法定の除外事由なきことを認めた上、冒頭説示の理由により判示罪責を肯認したのは相當であって、毫も所論のように法令を不當に適用した違法はないものと解すべきである。よって所論は理由がない。同上告趣意書第二點は「前段所論の如く自給製鹽事業の設備費として封鎖支拂に依る国庫補助金を受けたる事業主體か八頭郡町村農業會即ち貮拾參農業團體てある金融機關に非すして假に自給製鹽組合なるものを金融機關に屬せさる團體即ち別個の非金融機關に屬する團體と解すへきものとするも被告人は金融機關てある鳥取縣農業會八頭郡支部の金融課長として業務上支拂人てある金融機關郡家郵便局より封鎖支拂に依る国庫補助金を現金を以て支拂を受けたりと謂ふにあれは金融機關の業務上八頭郡支部に受入れたるものにして金融緊急措置令第一條第一項の規定は金融機関か封鎖支拂を同令第三條第二項の規定に依らすして支拂ひすることを禁止せるものにして金融機關か封鎖支拂を現金を以て受入るることを禁止せるものに非さるか故に被告人の右所爲は同令違反の犯罪を構成するものてない尤も此點に關しては原審判決の理由に於ける事実の認定は明瞭を缺き同所爲を以て本件犯罪の對象とせるや否やは不明てある若し同所爲を犯罪の對象より除外し事実の認定上其徑路を判示する爲め事実の説明に附加せるものとすれは辯護人の所見と同一にして素より當然てある更に同郵便局より受領せる現金參拾七萬圓の内金參拾參萬貮千圓を同支部扱の八頭郡大村農業會の當座預金口座に現金扱として振込み更に同支部に於て八頭郡町村農業會自給製鹽組合の當座預金勘定に振込ましめとあるは事実の説明上明確を缺くのて判示せられたる事実の認定を本件記録に基き演繹すれは被告人は郡家郵便局より現金參拾七萬圓を受領せしめたる上鳥取縣農業會八頭郡支部の假勘定整理帳へ記入して同支部に受入れ後右參拾七萬圓の内金參拾參萬貮千圓を八頭郡大村農業會の八頭郡町村農業會自給製鹽組合の略稱製鹽組合の當座預金口座に帳簿上の振替に依り振込み更に右大村農業會の當座預金口座より鳥取縣農業會八頭郡支部の右略稱製鹽組合の當座預金勘定に同様の方法に依り振替へたる事実を説明せるものにして判示事実中「同支部扱」とあるは右支部の假勘定整理帳へ記入して一應同支部に受入れ後預金操作の行はれたる事実關係を表現せるものの如く又「現金扱として」とあるは本來封鎖支拂に屬すへきものなるに不拘之を表示せすして全然自由支拂に屬するものの如く處置せる事実關係を表現せるものと認めらる而して是等貮箇の行爲を以て封鎖支拂に基いて生した金融機關の預金を金融緊急措置令第三條第二項の規定に依らすして現金以外の封鎖支拂に非さる支拂を爲したものと認定し處斷したのたから該行爲か果して同令所定の行爲に該當し同令違反となるや否やを檢討する必要かある金融緊急措置令第一條に依り金融機關の封鎖預金の支拂は第三條第二項に依り三つの枠内に於て命令の定むるところに從ひ支拂せらる此三つの枠は(一)現金に依る支拂(二)現金以外の封鎖支拂に非さる支拂(三)封鎖支拂に依る支拂にして(一)は現金を以て自由支拂に依り放出せらるるもの(二)、(三)は何れも封鎖預金を認證小切手又は封鎖支拂票に依り引出又は支拂を認めらるるものにして此両者は同一金融機關内又は甲金融機關より乙金融機關に転することもあるし終始金融機關の預金として存在するものなれは結局預金名義者に變動を生するものてあるか是等三つの枠に分け各枠に入れらるへき支拂の種類及限度は命令の定むるところに依り金融緊急措置令の眼目を爲すものにして其目的は金融市場に於ける通貨の膨脹を防止し通貨の安定を期するにあれは同令の運用も其制定の目的に鑑み適正に解釋すへきものてある右の如き封鎖預金の支拂に對する制限は金融機關か封鎖預金を金融機關に非さる第三者に支拂する場合に限られたるものにして金融機關と金融機關との間にありては其適用を受けさることは既に縷縷説明せるところ然るに被告人の前示行爲は本件国庫補助金を現金にて支拂を受け鳥取縣農業會八頭郡支部の假勘定に受入れたるものを其侭同支部の略稱製鹽組合の當座預金勘定に振替へきものを一旦八頭郡大村農業會の右製鹽組合の當座預金口座に振込み後同支部の當座預金勘定に振替たるものにして一見無用のことを爲したるの觀ありと雖も管に両金融機關の間に於ける帳簿上の金融操作にして現金か直接にも間接にも全然授受せられたるものならさるか故に形式的にも金融機關たる鳥取縣農業會八頭郡支部と同しく大村農業會の間に於ける金融業務上の事務的行爲にして所謂非金融機關てある第三者を介在せるものならさると共に実質的には両金融機關の間に於て振込み又は振替へ等の帳簿上の金融操作を爲したるに過きすして現実に現金か授受せられ又は現金の所在に變動を來せるものならす或は現金か所謂非金融機關と假定する略稱製鹽組合の事務擔當者に交付せられ瞬間的にも之を經由して大村農業會に振込まれたるときは前示(一)現金に依る支拂に該當するか故に同令違反を否定し得さるも被告人の前示行為は全然現金の授受乃至異動を伴はさるものにして現金を初め同支部に受入れたる侭依然同支部の假受勘定又は當座勘定に預金として存在し爾來今日に至るまて繼續せるのみならす何等預金名義者に變りないから前示(二)、(三)の何れにも該當せさることは前叙説明に依り明かなるところ又同令の適用を回避する爲めに行はれたるものに非さることは直ちに原状に復歸せることに依り明かてある之を要するに現金の支拂を受けたる後尚同令第二條の所謂封鎖支拂に基き生したる金融機關の預金即ち封鎖預金たることを認めるとしても同令第三條第二項に該當するものてない金融緊急措置令の運用上金融機關に於ける金融操作の便宜の爲め封鎖預金と其の他の預金との區別に從ひ封鎖支拂、自由支拂、認證支拂等の記號を附するものの如きも是等は取扱上の便宜に出てたるものにして金融關係當局の一通牒文に基くものなれは全然同令の内容を爲すものならさると共に之等記號を附せさることを以て原審か事実の認定に於て「現金扱」なる字句を判示せるものとせは金融機關の間に在りては封鎖支拂なるものか存せさることを忘れたると是等支拂の取扱上の區別を通貨自體の性質上の區別の如く誤解せるものてある

本件記録中被告人は前示行爲に付き當時金融緊急措置令違反を自認せるか如き供述を爲せるものありと雖も素より被告人は専門家にあらさるを以て法律上の智識を有せさるか故に斯る誤解を生したりとするも爲めに被告人の前示行爲に對する責任を加重せさると共に本件事犯の成否を左右するものてない

以上所論に依り被告人の本件認定事実に表現せられたる行爲は何れも金融緊急措置令所定の前記條項に該當せす同令に違反せさるを以て同令所定の犯罪を構成せさるに依り全然無罪なるに不拘原審裁判所は法律を不當に適用し即ち擬律の錯誤に依り有罪の判決を與へたる違法あるを以て原審判決を破毀し無罪を言渡さるへきものてあると云うに在る。

然しながら原審が被告人の判示行爲を金融緊急措置令違反に問擬した所以のものは曩に第一點に關して説明したように、被告人が判示自給製鹽組合の封鎖支拂に因る助成金を同組合の爲現金化する趣旨の下に、偶々該封鎖支拂指圖書が金融機關である郡農業會名義に誤って指圖せられていたのを奇貨とし、金融機關に對する支拂が現金拂を可能とする同措置令の統制方式を利用して、先ず指定郵便局から現金に因る適法な支拂を受けた上、之を順次所論摘録のような振替又は振込の方法によって結局金融機關に非ざる判示自給製鹽組合の爲、現金預金化せしめた一聨の目的行爲が金融緊急措置令の防止せむと欲する資金統制上の要求に背馳するものと認めたが爲に外ならない。されば被告人の採った各個の措置が假に所論のように適法な金融機關相互間の金融操作の形において行われてゐたとしても、之を以て判示被告人の所爲が同令違反に觸れない除外事由に該當していると即斷することは許されない。華意所論は被告人の爲した一聨の目的行爲を故らに分斷し、その各々の形式に假託して、その所爲を適法なりとなすもので金融緊急措置令の法意を曲解するものたるに歸着し理由がない。

同上告趣意書第三點は「更に本件国庫補助金は本來製鹽事業の設備費として八頭郡町村農業會自給製鹽組合に對し封鎖支拂を以て交付せられたるものなることは原審判決の事実の認定に於て判示せるところ其事業主體か町村農業會と別個獨立の自給製鹽組合に屬するか或は金融緊急措置令第八條に規定せられたる所謂金融機關に屬せさるものとすれは同令第三條第一項の適用なきか故に同令第一條第一項に依り同令第三條第二項の適用を受け封鎖支拂として現金の支拂を受け得さるものなりと雖も該補助金の支拂通知書を発行せる岡山專賣支局長か八頭部農業會と謂ふ團體か右製鹽組合の名を以て製鹽事業を行ふものと誤認し其支拂通知書に受取人を八頭郡農業會と記載し又支拂通知書の提示を受けたる支拂人郡家郵便局に於ては右八頭郡農業會は鳥取縣農業會八頭郡支部の略稱と解し所謂金融機關に属するを以て封鎖支拂てあるか右制限は金融機關に適用なき爲め現金即ち自由支拂を爲せるものてある被告人は右八頭郡支部の金融課長てあるから偶支拂通知書の誤記と局員の不知に依り現金の支拂を受け同支部の假勘定に受入れたるものてある從て被告人の右現金の支拂を受くる行爲は悪意を存せさりしとするも其の結果に於ては誤記と不知の偶合を利用せることは否定し得さるとするも一旦現金を以て八頭郡支部の假勘定に受入れたる以上右現金は金融機關に屬せさる自給製鹽組合の自由預金として同組合か預金者てあり又同支部は其預主てある故に封鎖支拂と雖も其受取人の爲めに一たひ現金化して金融機關の自由預金に受入れられたる以上前來説明せる如く封鎖支拂、自由支拂の區別は通貨自體の性質上の區別に非さるを以て既に右受入れに依り自由預金として存在し同令第二條に所謂封鎖支拂に基き生したる金融機關の預金即ち封鎖預金に非さるか故に同令第一條第一項及第三條第二項の適用を受くへきものにあらすして自由に現金として其受入及拂戻を爲し得へきものなれは其後に於ける被告人の右大村農業會の振込又は振替行爲か判示理由の如く現金扱なりとするも何れも同令所定の違反に該當するものならす從て同令第十一條の罪を構成せさるに不拘同令第一條、第二條、第十一條に該當するものとして被告人を有罪と斷せる原審判決は罪とならさる行爲に刑を科せる違法あるものにして即ち法律を不當に適用せるものなれは之れを破毀して無罪を言渡さるへきものてある」と云うに在る。然しながら原判示事実の趣意とする所は既に第一、二點に關して説明した通り、被告人が封鎖預金として預入れたる国庫補助金を偶然の誤記を利用して之を現金化せしめたる上所期のごとく組合の現金預金に變更せしめた一聨の目的行爲を金融緊急措置令違反に問擬した趣旨と認むべきであるから、よしや指定郵便局から現金の支拂を受けた行為が同令の適用上適法な除外事由に該當し從ってその以後に於ては專ら組合等の現金預金として順次帳簿上の移動を遂げたに過ぎないこと所論の如くであったとしても、右の經緯は被告人の判示刑責に些の消長を及ぼすものでないと解するのが相當である。本論旨も亦被告人の一聨の目的連鎖行爲を故らに個々に寸斷して、その上に立って個々の行爲の適法性を主張するものたるに歸着する。原判決には毫も法律を不當に適用した違法はないから本論旨も亦理由がないと云うべきである。

要するに本件の小切手は金融機關でない事業主體たる製鹽組合の事業資金として同組合の封鎖預金となるべきものであったので、自由預金にしてはならないものだったのである。然るに被告人はそのことを知りながら色々の手段を用いて右組合の自由預金にしてしまったので、その點に於て金融緊急措置令に違反するのである。被告人の行爲は一つ一つの引出行爲や預金行爲として見れば形式的には同令に反しないのかも知れないけれども、全體として見れば初めから同令の趣旨に反する結果を得る目的を以て爲された一連の行爲であって、しかも其結果を得たのであるから、同令違反の犯罪を構成するものと見なければならない。

以上の理由は裁判官全員一致の意見であるので刑事訴訟法第四百四十六條により主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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